この記事は、以前アメブロで書いた内容をホームページ用に一部修正した記事になります。
もしかすると、既にご覧いただいた方もいらっしゃるかもしれませんが、改めてお産に対する私の考えなどを多くの方にご覧いただければと思い、ホームページにも記載させていただくことにしました。
なぜ私がお産にこだわるのか…
私には、3人の娘がおり、1人目は、普通の近隣の総合病院でお産しました。
出産は15時間くらいで多分安産だった気がします。
産んだ直後に「また産んでもよいかな?」と思いましたが、その時は兄弟がいた方が良いかな?くらいの考えでした。
その2週間後くらいに重症な乳腺炎になりました。
その時に救ってくれたのが、自然育児相談所の山西みな子先生という神の手を持つ助産師さんです。
その山西先生が、第2子妊娠した時に、「ファンさんにしなさいよ」と言ったので、神様が言うのだから間違いないと思い、よく分からないまま、杉並区のファン助産院で出産することにしました。
このファン助産院の杉山富士子先生は、女神様のような方です。
この、神様の山西先生と女神様の杉山先生のおかげで、私は助産師になろう、そして助産院をやろうと思いました。
ここでの経験がすべて今の私のベースになっています。
産前、お産、産後がどれだけその後の子育てにとって、またその人の人生にとって大事な時期であるかをこの時に学びました。杉山先生の元で、幸せなお産をした多くの人達が、その後の人生において、どれだけ変化を与えているかを考えると本当にすごいことだと思います。
私は、ただ勧められて行ったファン助産院でしたが、幸せな妊娠期を過ごし、お産をすることができました。
1人目の病院のお産とは本当に全然違いました。
病院では、「また産んでやっても良いかな」という、上から目線の感想でしたが、助産院のお産を終えてすぐに「また、このお産がしたい〜!」と感じました。
これは似ているようですが、私の中の感覚としてはまったく違います。
助産院でのお産は、「また、このお産をさせてください。お願いします」という感じで、
「こんなお産ができるなんて、女に生まれて良かったー」と思えたほどです。
それまでOLとしてバリバリ仕事をしており「なんで女って損なのだろう、男に生まれたかった」と思って生きてきた私が女に生まれて良かったと思えるほど衝撃的な経験でした。
私の母は、15人兄弟の末っ子で、「なんで祖母は15人も産んだのだろう。信じられない。女だけ大変でかわいそうに」と思ってきました。
でも、もしかしたら、会ったことない祖母は、いっぱい産めて幸せだったのかもしれないとも思いました。
それくらい助産院での出産が幸せで、気持ち良く、多分自己肯定感が飛び抜けてしまったのでしょう。
実際、こんな私が助産師をやろうと思うほどだったので、きっと飛び抜けていたんです。(笑)
こんなに病院と助産院でのお産は違うのに、病院で産む人がこんなに多いなんてもったいない!
多分助産院でのお産の良さを知らないだけだと思いました。
そして、31歳の時に 「私が助産師になって、助産院を作って、助産院で産める人を一人でも増やそう!」と決意しました!
でも、実際に落ち着いて聞いてみると、助産師になるのに最低4年掛かるし、お金も掛かるしとなって、それは無理!ということで、助産師になることを諦めました。
諦めた時には、こんなにやりたいと思えることを見つけたけど出来ないなら、助産師をきっぱりと諦められるような、もっと他に良い仕事はないかな〜と迷って色んな仕事を転々としていました。そうこうしている間に、8年も経った40歳手前のタイミングで、ずっと産みたかった3人目をまたファン助産院で出産しました。
2度目の幸せで最高なお産をした私は、「やっぱり助産師になりたい!助産師しかない!」と改めて感じました。
振り返ると最初に助産師になると決意してから8年が経っていました。
あの頃は4年が長いと感じましたが、8年後のこの時には意外と4年間あっという間かもしれないと考えました。
そして、亡くなった夫に「助産師になりたい!いずれ助産院をやりたい!」と言うと、
「良いよ。だってずっと言ってたじゃない」と言われて「え?」となりましたが、あの時賛成してくれて本当にありがとうと今でも思っています💓感謝感謝です。
そして、ついに看護学校を受験し、学校に通う間にも色々とありましたが、45歳で念願の助産師になりました。
ここまで私のエピソードをお話ししましたが、私は、お産するのは助産院でないといけないと思っているわけではありません。
助産院のようなところだと、幸せでその後の人生が変わってしまうような良いお産になり易く、逆に、普通の病院では助産院で私が体験したような、幸せなお産にはなりにくいと思っています。
ただ、中には病院でも良いお産をする方もいますし、助産院でも、良いお産ではないということもありますので、助産院だから病院だからと明確に違う訳ではありません。
このような話をすると、病院のお産と助産院のお産、何が違うの?と聞かれます。
私自身、何が違うのかをずっと考えて悩んで、答えを探してきましたが、正直一言で表現する事は難しいと感じています。
それでも、私がたどりついた答えを言葉にすると「愛が違う」ということだと考えています。
「愛が違う」と言うと、助産院で働く人には愛があって、病院で働く人には愛がないのか?と思う方もいるかもしれませんが、そうではありません。
助産院で働く方は、妊産婦さんに色々とやってあげたいと思っている人達が多いので、愛がある人達かもしれません。でもそれだけではありません。
病院と助産院の両方で出産して、両方で働いてみた私はそれぞれの事情もよく分かっています。
助産院では、10回以上ある健診で毎回30分から1時間かけて全身の状態を見て、お話を聞いて、妊婦さんのプライベートにまで入り込んで、お産を迎えます。
これを少ないスタッフで対応するので、ママもスタッフも自然と仲良くなっていきます。
いよいよ陣痛が来て、助産院に行くと、「○○さん、そろそろだと思って待ってましたよ〜」と声を掛けてもらったりします😍
その頃には、もう、良いお産に向かうための同志で戦友です。
慣れた助産院でリラックスすると良い陣痛が来て、その上「上手よ〜良いわよお」とほめてくれるので、子宮を収縮させるホルモンも、脳内モルヒネと言われる痛みを忘れるホルモンもドバーッと出てきます。これが良いお産になり易いわけです。
しかし、病院ではそうはいきません。
外来で会うスタッフと、病棟のスタッフは別の病院が多いため、陣痛が来て電話すると、その時出してきたカルテを見て、はじめましてになることがほとんどです。
そこから情報収集が始まるわけですから、お産までに関係性を作っていくのは難しいですよね。
私の数少ない看護経験から言うと、相手のことを知れば知るほど、その人のために何かできないかな?いう気持ちが湧いてきます。
妊娠期に時間を掛けて関係性を作ることができる助産院だと、自然にケアに入りやすいというのはごく当たり前のことです。
これは、規模が小さければ小さいほどそうだと感じます。
ましてや介助する助産師を指名できる自宅分晩などはその究極でしょう。
ただ、自宅分娩はお産のために助産師は5週間空けておかなければいけず、かなりハードで、家ではかえってゆっくりできないと思うので、私は助産院でお産することをおすすめしています。
信頼するスタッフに囲まれて、安心できる空間で行うお産は、リラックスして良い陣痛が来ます。
そして、陣痛を和らげるケアもしてもらうことで、うまく陣痛を乗り越えることができます。
その繰り返しの陣痛を通して、その後の連帯感や、満足感につながるのだと思います。
できるだけ、医療行為のない本人主体のお産をすると、お産の時をピークにホルモンがドバーッと出ます。
ホルモンのカクテルという状態です。
でも、無痛分娩や、帝王切開では、子宮を収縮させるために、オキシトシン様物質という子宮収縮剤の薬を点滴します。
そうすると、本来は自分の中から出てくるホルモンが、外からの点滴により体内では「足りている」と勘違いして、中からは出なくなってしまうのです。
子宮を収縮させるホルモンは、赤ちゃんを「可愛い〜💕」と思うホルモンでもあり、おっぱいをピューと出すホルモンでもあります。
それが、外から入って来たために、体内で「足りている」と勘違いして出なくなってしまうから、その後の育児や母乳育児が難しくなったりするのは、ある意味仕方がないことです。
でも、そんな時は、赤ちゃんをぎゅーと抱っこするだけでもこのホルモンは出てきます。
可愛い可愛いと、とにかくおっぱいを吸わせることでも出てきます。
でも、ホルモンのカクテルは起きていません。
本来は医療者はそれを意識してサポートするべきだと思ってます。
ただ、超多忙な病院では、そんなことは教えてくれないし、なかなか手取り足取りサポートすることも難しいのでしょう。
そんなこんなで、病院では、ママが愛のホルモンで満たされることが難しくなっているのではないかと思うのです。
助産院のように、ホルモンのカクテルがドバーッと放出されるようなお産をすると、その時ばかりでなく、その後の授乳、子育てはもちろん、それ以降も自分がいっぱいもらった愛が自分の中に溢れて、誰かに返したくなります。
うちのしらさぎふれあい助産院で働くスタッフに、助産院で出産した人が多いのはそういう理由だからかもしれません。
当院の仕事は、ほんとに奉仕の精神で、ママ達を癒してあげたいという気持ちがないと続かない仕事です。もちろん楽ではありません。
それでもママ達のためにと頑張ってケアしているスタッフは、多分愛がいっぱいで、満たされて、溢れているのだと思います。
看護学生の時に、教えていただいた絵があります。
ミルクポットがあって、これがママです。それと、小さなカップがあって、これは赤ちゃんです。
ママポットには、「パパ」「助産師」「おじいちゃん」「おばあちゃん」「地域の保健師」「ドゥーラ」など、いろいろな人の愛が注がれて、ポットがいっぱいになると溢れて初めて赤ちゃんに注がれるという絵です。
逆にこの絵は、注がれる物が少なくて、ママのポットがスカスカだと、赤ちゃんに愛を注ぐ事が出来ないと、いう絵でもあると解釈できます。
この溢れた愛は、最初のお産をする時に、ドバーッと溢れる必要があります。そうすると、一度いっぱいになってるので、すぐにどんどん満タンになって、溢れやすくなるわけです。
だから、助産院でお産した人は溢れた愛で、他の人のお手伝いをしようと思うのかな?と感じています。
現代において、助産院で産む人は本当に少なく、助産院で出産数は約0.5%で妊婦さん200人に1人だそうです。この数は、実はどんどん少なくなっています。
それに、みんなで助産院で産もう!と言ってもそれは難しいのが現状です。
助産院の数はそんなに多くなく、さらに出産まで出来る助産院に絞るとその数は更に少なくなってしまいます。
だからこそ本当は、病院に頑張っていただきたいのですが、でも無理なんです。
病院の助産師も、もちろんとても頑張っています。でも、助産院と同じような対応をすることは難しいんです。
では、どうしようもないかと言うと、せめて、病院を退院した産後の大変な時期に、私自身がファン助産院や自然育児相談所でしてもらったように、
いっぱいいっぱい愛をもらったら、ママがいっぱい満たされて、ポットが満タンになって、
溢れて赤ちゃんにその愛を注ぐ事ができるのではないかと考えています。
だから、私が考える産後ケアは、他の人には「やりすぎ!サービスしすぎ!」と言われるし、そう思われるかもしれませんが、それくらいの内容です。
でも、今のママ達にはそれくらいのケアが必要なのではないかと思っています。何もしない状態ではスカスカなままになってしまいます。
そして、産後ケアをやっていて、改めて、どんなお産をするかが大事だなぁと常々思っています。
やっぱりお産をする施設を少しでも増やしたい、お産やりたいなぁ、みんな協力してくれるかなあ?と
最初にこの記事を書いている時は思っていましたが、しらさぎふれあい助産院でもお産が出来るようになりました。
【詳しくはこちらをご覧ください。】
ママが、愛でいっぱいになって、ドバーッと溢れ出るような、そんなお産をお手伝いできる施設を増やしたいです。
この記事を読んで、そんなに助産院でのお産っていいの?とか実際にどんな感じなんだろう?とか少しでも興味を持ってくれる方が増えたらという思いで、改めてホームページに掲載しました。
お産に限らず、産後ケアなどお気軽にご相談ください。